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遠藤公男の 北の杜 桃生ポーク メディア掲載 遠藤公男の 北の杜 桃生ポーク メディア掲載
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メディア掲載紹介
 日本農業新聞 2006年2月20日 掲載 
くせなくあっさり味
北の杜・桃生ポーク
 「桃生ポークはさっぱりしているね。水菜と合いますね。」宮城県石巻市の大型スーパーで11日に開かれた食品の催事で、買い物客の女性が生産者の遠藤公男(55)に話し掛けた。遠藤は目を細めて会釈する。「一言一言が励みになるんだ。」こう言って、「北の杜・桃生ポーク」のブランド確立に至った経過を振り返った。

 脱サラして養豚業を始め15年目の1990年。経営規模が拡大していた当時、地域の特産になるような豚肉を作りたいとの思いで、まず交配にこだわった。
 ランドレースに大ヨークシャーを掛け合わせてつくった母豚にデュロックを掛けた3元交配を採用してきたが、気に入った豚になかなか恵まれなかった。「立ち方や腹回りのゆったり感など親豚の気に入らない部分を引き継ぐのには困った」
 失敗は続いたが、公男は「原因を究明しないと次には進めない」という信念を貫いた。試行錯誤の末、「健康な豚づくりが健康な食材づくりにつながる」と判断。ステビアなど、天然の植物の滋養分を使った飼料を食べさせ、豚の生態に合わせた飼料を研究した。

 99年秋。肉や脂肪の色、食味で納得する肉にたどりついた。「においが嫌い」を豚肉を敬遠する妻のみき(55)に試しに湯通しした肉を食べさせた。みきは目を丸くした。「お父さんの豚肉、食べられる!」
「よし、いける」。公男は確かな手応えを感じた。その後、年明けまでに、当時の桃生町(現石巻市)やJA桃生町(現JAいしのまき)の職員らに食べてもらった。時には宮城野ポークなど、別銘柄との食べ比べもしてもらった。周りから引けを取らない、と太鼓判を押され、2000年4月にデビューを果たした。

 販売は東京近郊から攻めた。「首都圏で成功すれば宮城でも成功する」というのが持論。認知度が高まった3年ほど前からは宮城県での販売にも力を入れる。幻の豚肉、と言われた桃生ポークは宅配やインターネットによる販売のほか、食品業者との連携で加工品や弁当を商品化。05年12月期の売上高は前期比20%増の1600万円となった。
 「生産者の見える肉だよ」。みきの声が売り場に響く。2年前に職場を辞めて桃生ポークの販売を本格的に担当する。スーパーの催しへの参加にも積極的で、この日もその一環だった。「二人三脚でもっと頑張りたい」。公男はこう言って、みきに加勢した。
 
 石巻日日新聞 2005年1月28日 掲載 
『地元の異業種3社 新商品を開発』
〜味噌漬け桃生ポーク〜
 石巻地方の異業種3社が各社の加工技術や自信の産品を持ち寄り、共同開発した新製品「味噌漬け桃生ポーク」が2月から販売されることになった。試行錯誤の上、約1年を掛けて完成させた自信の商品。代表の遠藤公男さん(遠藤公男の北の杜・桃生ポーク代表)は「各社がこだわり抜いて完成させた商品。地元から着実に販売体制を固めていきたい」と意欲を見せた。
 商品を開発したのは北の杜・桃生ポークのほか、大興水産(株)砂長寿味噌本舗(株)の3社。各社とも石巻地方の特産品をインターネットで販売する「いしのまき旬鮮市場」に当初から加盟しており、新商品開発に3社が合致したのがきっかけで、昨年2月から着手した。
 当初は、桃生ポークを使ったチャーシューと角煮をサンプル開発したが、製造機器の投資や法上の問題から断念せざるを得なかった。これに代わり、同じくサンプル品として製造していた味噌漬けが急激にクローズアップ。「各社の技術がそれぞれ確立されている中で、こだわりの商品にだどり着くまでが大変だった」(遠藤さん)と試作品の試行錯誤を繰り返す中、納得の商品が完成。遠藤さん自信も「満足いく味、香りに仕上がった」と太鼓判を押す。
 開発経緯を見守ってきた、県石巻地方振興事務所では「技術的な問題から同業者同士の開発は難しいが、異業種でしかも新商品の開発という共通項があったからこそ実現した」と喜んでいる。
 価格は、100gの味噌漬けモモ肉2枚で税別1,500円。砂長寿味噌本舗本店など各社で取り扱うが、「まず地元での販売体制を確立してから、首都圏での販売も視野に入れたい」と意欲を見せている。